ときどき思い出す12歳年上の上司との不倫〜結婚しているのに束縛する彼から逃れたかった〜

イラスト:新倉サチヨ

ふとした瞬間に、昔すごく好きだった人の面影や言葉が頭をよぎることがありませんか。

胸の内にしまっておいてもいいけれど、その人を美化しすぎたり悲しみが恨みに変わったりすると心が不安定になりかねません。美しくも苦しい強烈な恋の記憶は「博物館」に寄贈してしまいましょう。当館が責任を持ってお預かります。思い出を他人と一緒にしみじみと鑑賞すれば、気持ちが少しは晴れるでしょう。ようこそ、失恋ミュージアムへ。

 

今、愛する夫と子どもがいる。でも、不倫の恋をときどき夢で思い出す

「結婚直前に付き合っていた男性のことが消化不良です。不倫でした。淡い恋心…ではなく、怒りや恨みなので企画の意図とはズレているかもしれません。結婚したので気持ちは解消できたかと思いましたが、今でもたまに夢に出てきます」

34歳の会社員、三浦恭子さん(仮名)から失恋ミュージアム宛に連絡が来た。愛する夫と一緒に2歳の長男を育てている最中で、お腹の中には第二子が宿っている。幸せに満たされているはずなのに数か月おきに悪夢を見てしまうという。

「付き合っているときは言えなかった不満や怒りを彼にぶちまけている場面の夢です。私のことを1年半も『保険』にしていたよね、奥さんと本当に別れる気があるならばすぐに別れていたはずじゃないの、こっそりキャバクラに行っていたことも知っているよ、と夢の中で言っています」

悪夢は悪い現象ではないと筆者は思う。夢に見ることで苦しい思い出を少しずつ消化しているのだ。当ミュージアムを利用することで、恭子さんの「心の消化」をさらに促進できたら幸いだ。

恭子さんと待ち合せたのは、東京駅を見下ろせるホテルの上層階にある和食店。きれいに晴れた日のランチなので、大きな窓からは電車の発着がよく見える。待ち合わせの時間通りに来た恭子さんは、はっきりした顔立ちの美人だが表情はかたい。不機嫌なのではなく、緊張をしているようだ。聞けば、仲の良くなかった父母の影響で軽い人間不信になってしまったという。

「私が小学生の頃、父とケンカをした母が冷蔵庫の隅で泣いていたことがありました。長女の私は母を心配して『離婚したらいい』と言ったんです。すると母は『私はお金を稼げないのであなたたちを食べさせていけない。だから離婚はできない』と答えました。ショックで今でも覚えています。結婚は自分の意志を押し殺すものだと感じ、私は絶対にお金を稼げるようになろうとも思いました」

そんな恭子さんは大学を卒業後、金融機関に就職し、地元の関西地方にある支店に配属された。正社員の営業職だ。当時は夜や土日でも仕事の電話がかかってくるような働き方で、ノルマ達成のプレッシャーも大きかった。その代わり、成果を出していれば余裕で暮らしていけるだけの収入は保証されている。誰かに扶養されることは避けたい恭子さんにはぴったりの仕事だ。

 

仕事ができる上司に何でも聞いてもらって否定されない心地良さ

不倫相手の信一郎さん(仮名)は恭子さんより12歳年上。同じ部署にいる上司の1人であり、恭子さんとは高校と大学が同じという「奇遇」だった。ずっと特別扱いをされていることは知っていた、と恭子さんは明かす。

「私が仕事で困っているとすぐに声をかけてくれるんです。彼は仕事ができる人なので助かります。業績を上げるためには社内でもうまくやったほうが得なので、彼からの特別扱いには気づかない振りをしていました」

妻子のある信一郎さんだが職場の飲み会には欠かさず参加していた。恭子さんは飲み会でも信一郎さんと同席することが多く、「合コンで気になる人に会ったけれど連絡できない」などのプライベートな相談をすることもあった。しかし、最初に2人きりで食事をしたのは出会ってから3年後のことだった。恭子さんが26歳のときだ。

「社員全員が受けなければいけない資格試験があり、私は1度目は落ちてしまい、2度目で合格しました。彼に報告したところ、『お祝いしよう。おごるよ』と言ってもらって……。好きなもつ鍋をご馳走になるチャンスだと思ってついて行きました」

家庭では甘えることができずに育ったと感じている恭子さん。精神的に甘えさせてくれる信一郎さんからの誘いを断ることはできなかった。

「同世代の男性とお付き合いをすると、その人の自慢話で時間が過ぎていくことがあります。上司の彼は話を何でも聞いてくれました。『よしよし。がんばったね』と認めてくれて、否定をしません。私にはそれがありがたかったんです。年上とのデートやセックスはどうなのかな、という興味もありました」

女性としての自分に自信がないという恭子さんは、「好意を寄せてくれる人を大切にしたいのに、なぜ私なんかを好きになるんだろうと気持ち悪くなってしまう」傾向があった。ややこじらせ系の女性なのだ。だから、同世代の独身男性との交際は長続きせず、既婚で一回りも年上である信一郎さんとの恋愛に心地良さを感じたのかもしれない。真正面から向かい合う必要はなく、「本当に愛されているのか」という問いへの答えをとりあえずは保留できる。

ただし、経済面では甘えたくなかった。デートも割り勘にしようと自ら提案した。「お金で買われている」感じが嫌だったからだ。恭子さんの複雑な心理状況が伺えるエピソードである。

 

既婚者なのに束縛する彼。「せめてオレたち同士は正直でいよう」

交際してしばらくすると信一郎さんの子どもっぽい一面が見え始めた。家庭があるのは自分のほうなのに、恭子さんを束縛するのだ。

「合コンにはオレに隠してでも行くな、と言われました。理由は、『オレたちは世間に言える関係ではないので、せめてオレたち同士は正直でいよう』。身勝手な話ですけれど、私は彼が好きだったから従ってしまいました」

彼への愛情を高まるのを感じるのはラブホテルで仲良くしているときだったと恭子さんは赤裸々に語る。身も心も好きになるにつれて、せつなさや寂しさも増していった。自分も幸せになりたい、世間に認められる関係に誰かとなりたい。

信一郎さんは「下の子が高校生になったら嫁とは別れる」と口約束していたが、それは4年も先のことだ。かなり無責任な約束である。

不倫の恋を終わらせるチャンスはあった。付き合い始めて半年後に、優秀な恭子さんは首都圏の支店への栄転が決まったのだ。「遠距離不倫」となった信一郎さんとは会うペースを落として、自然消滅しようと思っていた。

「決定的だったのは、お盆休みの前後です。彼とは休みを合わせて関西に帰ってデートしましたが、それ以外の時間は彼は家族と一緒にいました。私は1人きり。それがすごく虚しく感じたんです。徹夜でパソコンに向かい、不倫から抜け出すためのブログを探して読みました」

別れを切り出すと、信一郎さんは駄々っ子のようにすがった。着信拒否をしてはねつけたが、しばらくすると信一郎さんまで首都圏の支店に異動することになった。運命の赤い糸ではなく黒い糸である。支店は異なり、お互いの自宅は電車で1時間以上の距離にあったが、2人の心理的な距離は再び縮まってしまった。

「私は合コンだけでなくネットも使って婚活をしていました。その合間に彼と会っていたんです。週に1回ぐらいかな。婚活の憂さ晴らしです。今度は彼を私の『保険』にしてやろうと思っていました」

すでに恋人関係は解消しているので、合コンには気兼ねなく参加できる。信一郎さんとしては不満だったはずだが、慣れない関東の地で週に1回でもデートできる女性がいるのは救いだったのかもしれない。

 

誠実な夫との出会い。「僕は不倫なんか絶対にしたくない」

そのうちに恭子さんは現在の夫である智弘さん(仮名)と合コンで知り合う。穏やかなで真面目な会社員で、5歳上。もちろん独身。2013年の春のことだ。

「何でも話し合うことができて、『ごめんね』と『ありがとう』が言えて、子どもが生まれても私がフルタイムで働き続けることに理解と協力がある人を探していました。ダンナはまさに理想的な人です」

信一郎さんとの関係で「ズルズルと付き合う」ことに懲りていた恭子さんは、智弘さんには率直な気持ちを切り出した。来年までに結婚できなかったら、職種変更を希望してでも関西に戻るつもりであること。もし異動を人事に申請するならば、今年の秋までには手続きをしなければならないこと。

智弘さんは誠意のある男性だった。自分はできれば東京で働き続けたい、そして恭子さんを手放したくはない。ちょうど賃貸マンションの更新時期が迫っていることもあり、2人は結婚をして一緒に住むことになった。

そんな智弘さんに対して恭子さんは隠し事をしたくなかった。既婚者である信一郎さんと付き合っていたことがあるが、今後は縁を切ることを伝えた。

「君は不倫をするタイプじゃない。恋愛経験が少ないからそのゲス男に利用されたんだと思う。僕は不倫なんか絶対にしたくない」
智弘さんはきっぱりと言い切った。そして、恭子さんと子どもを大切にしてくれている。

 

彼の私生活はどうでもいい。二度と会いたくない。でも、会社で出世はしてほしい

結婚以来、恭子さんは信一郎さんとは連絡を絶っている。2人は今でも同じ会社で働いているが、できれば一生顔を合わせたくない。彼との交際で思い出すことは苦しいことばかり。もっと早くに智弘さんと出会い、信一郎さんとズルズルと付き合うことはしたくなかかった。ただし、恭子さんの心は「怒りと恨み」でいっぱいというわけではない。

「信一郎さんのプライベートはどうでもいいのですが、仕事ではうまくいってほしいと思います。能力がある人なので上にいってほしいんです。がんばって!と応援する気にはなれませんが、彼がいつか社長になったことをどこかで伝え聞きたい。私は今が幸せだから、もし信一郎さんと結婚していたらきっと不幸になっていたはずだから、こんな気持ちになるのでしょうか。今の結婚生活で満たされていなかったら、信一郎さんにちょっかいを出していたかもしれません」

誰の人生にも「無条件で愛される」経験は必要だ。その経験を親から与えてもらえなかった場合、どこかで何かにすがることは仕方ない。

恭子さんにとって、信一郎さんは恋人であり父親でもあったのかもしれない。身勝手で心弱い人ではあったけれど、仕事では助けてくれて自分を思い切り甘やかしてくれた。できもしない口約束はしたけれど、嘘をついたりお金を取ったりはしていない。恭子さんへの恋愛感情は本物だったのだ。この経験を苗床にして、恭子さんは自分と他人への健やかな愛情を育んでいけばいいと筆者は思う。

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大宮冬洋(おおみやとうよう)

1976年埼玉県所沢市生まれ、東京都東村山市育ち。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に入社するがわずか1年で退社。編集プロダクション勤務を経て、2002年よりフリーライター。

2012年、再婚を機に愛知県蒲郡市に移住。自主企画のフリーペーパー『蒲郡偏愛地図』を年1回発行しつつ、8万人の人口が徐々に減っている黄昏の町での生活を満喫中。月に10日間ほどは門前仲町に滞在し、東京原住民カルチャーを体験しつつ取材活動を行っている。読者との交流飲み会「スナック大宮」を、東京・愛知・大阪などで月2回ペースで開催している。

著書に、『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。』(ぱる出版)、『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せのつかみ方~』(講談社+α新書)などがある。

公式ホームページ
https://omiyatoyo.com

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