尽くしても体だけ求められた2年半〜それでも彼の幸せを願ってしまう〜

イラスト:新倉サチヨ

ふとした瞬間に、昔すごく好きだった人の面影や言葉が頭をよぎることがありませんか。

胸の内にしまっておいてもいいけれど、その人を美化しすぎたり悲しみが恨みに変わったりすると心が不安定になりかねません。美しくも苦しい強烈な恋の記憶は「博物館」に寄贈してしまいましょう。当館が責任を持ってお預かります。思い出を他人と一緒にしみじみと鑑賞すれば、気持ちが少しは晴れるでしょう。ようこそ、失恋ミュージアムへ。

最初のデートでの強引なセックス。世間知らずだった私

仕事中や友だちがそばにいるときは忘れている。でも、一人きりで自宅にいると別れた彼のことを考えてしまう。大好きな彼とずっと一緒にいたかった。私はどうすればよかったのだろう。彼はなぜ今さら連絡をして来たのか。どうせセックスしたいだけなのだろう。私を大事にできないならば放っておいてほしい。でも、会いたい。抱かれてぐっすり眠りたい――。

1年前に自然消滅で別れたはずの男性への気持ちが濃厚に残ってしまっていると明かすのは、愛知県で会社員をしている西岡里奈さん(仮名、40歳)だ。名古屋駅から徒歩15分ほどのところにある円頓寺商店街内の小さな居酒屋でおいしいものを食べながら話を聞くことにした。

元恋人の順司さん(仮名)は3歳上。異業種交流会のようなイベントで知り合い、共通の知人からも「あなたたちは合うんじゃない?」と背中を押してもらった。順司さんの精悍で知的な風貌は確かに里奈さんの好みだった。自分からメールをして、個人のメールアドレスを伝え、「もっとお話がしたい」と伝えた。

「恋愛に積極的になったのは久しぶりでした。学生時代は同じクラスやサークルという安心感があったので自分から声をかけていましたが、社会人になってからは『相手がどんな人なのかわからない』と受け身になっていたんです。顔見知りで、周囲からの評判が良かった彼だから自分から行けたのだと思います」

しかし、順司さんは外ヅラがいいだけでDV傾向のある男性だった。最初のデートの帰りに里奈さんを自宅に誘い、セックスを迫った。里奈さんが拒絶すると怒り出すそぶりを見せた。

「今までの恋愛では段階を踏んでもらったことが多かったので、家に行っただけで迫られるとは思っていませんでした。私が世間知らずだったのだと思います。タクシーで逃げ帰ることも思いつかず、なんとか彼の怒りを鎮めて朝まで過ごすことばかり考えていて、結局は許してしまいました。びっくりして一睡もできませんでした……」

「あなたの子どもだったら産みたい。私一人で育てるので大丈夫」

ずいぶんな出だしであるが、もともと彼に好意を持っていた里奈さんは順司さんに惚れ込んだ。その理由を今では少し冷静に自己分析できている。

「当時は昇進したばかりだったこともあってすごく仕事が忙しくて、他の人間関係を切り捨ててしまっていました。実家暮らしでしたが、父は厳格なサラリーマンで、母はいわゆる良妻賢母。父をしっかりと支えて愛しています。会社には厳しい部長がいて、家にも部長みたいな父がいる。私はどこでも認められていませんでした。でも、彼の隣では安心して朝までぐっすり眠れたんです。すごく居心地がいい人だと思いました」

ただし、順司さんのほうは里奈さんを対等な人間として扱っていなかった。土日はすべて他の予定で埋めて、平日の夜にセックスがしたいときだけ里奈さんを呼び出す。翌朝、彼のマンションから朝食も取らずに出勤。そのときに目にしていた住宅地の風景を里奈さんは悲しみとともに覚えている。

順司さんだけが悪かったわけではない。彼は「自分が一番」「来る者は拒まず、去る者は追わず」という姿勢を明確にし、里奈さんに対しては「お前はセフレだ」「結婚する気はない」と宣言。結婚をちらつかせて都合のいい関係性を保持するようなことはしなかった。

「子どもができたら堕ろせ、とまで言われていました。私のほうで避妊していましたが、もし子どもができたら産むつもりでいたんです。彼には『あなたの子どもだったら産みたい。私一人で育てるので大丈夫』と反論していました」

なんとも不平等でせつない反論である。里奈さんは順司さんに聞きたいことがたくさんあった。彼は今までどんな女性と付き合って来たのか、私を本当はどう思っているのか。くだらない会話もいっぱいしたかった。

「でも、私といるときは常に『オレに話しかけないで』オーラを出している彼には何も聞けませんでした。聞いたら嫌われてしまう気がしたからです」

一人なってやっと気がついた。彼は最低な男だった、と

そんな関係が2年半も続いたが、40歳を直前にして里奈さんは順司さんへの不信感をようやく募らせた。2017年の年初、「次はいつ会える?」と連絡した里奈さんに順司さんは仕事の忙しさを理由にちゃんと返事をしなかった。里奈さんからも連絡を取らなくなり、2人の関係はようやく途切れた。

「一人きりになって、底の底まで落ちました。ズタボロになりました。そして、やっと気がついたんです。彼は最低な男だった、と」

繰り返しになるが、順司さんは里奈さんとの関係を「セフレ」と言い切っている。彼のほうは最初から恋愛感情は持っていなかったのだ。里奈さんの苦しい気持ちを知っていながら関係を続けたことは非道だが、嘘はついていないので「最低な男」とは言えないと筆者は思う。10ヶ月ほど経過してから唐突に順司さんからメールが来た。要件がよくわからない挨拶メールだが、里奈さんに性欲のはけ口を求めているのは明らかだ。

「1回目はなんとか無視しました。恋愛相談にのってもらっている男友だちに話したら、『何もするな』と諭されたからです」

すると、しばらく経ってからまたメールが送られてきた。夜中の12時頃だ。「今から来る? 迷惑だったらもう連絡しないけど」という内容。ここで里奈さんの怒りが爆発し、以下のような返事を送った。

<こんな時間に突然連絡をするなんて失礼でしょう。私はあなたとお互いに信頼できるパートナーシップが築きたかったけれど、あなたは一度も私のために行動してくれたことはないし、尊重もしてくれなかった。ずっと私はどうでもいい存在だと思われていたんだよね。そんな風に私をバカにする人は嫌いです>

順司さんと出会ってから3年以上。ずっと抑え込んでいた悲しさと悔しさが洪水のように溢れた。順司さんからは<ごめんなさい>という返事のみ。里奈さんは「本当に謝りたいならば、私に会いに来るだろう」と密かに期待していたが、彼はそんな行動はしなかった。順司さんには里奈さんへの恋愛感情や敬意はないのだから当然とも言える。さすがに今後は連絡をしたりはしないだろう。

「それでも彼の幸せを願っている自分がいます。仕事で成功して幸せになりますように、と思うんです。それぐらい好きでした。自分から好きになったのだから、その気持ちまで否定はできません」

尊敬、愛情、そして信頼。苦しい経験の末に作り上げた恋愛信条を忘れない

ヒモのような男性から既婚者まで、里奈さんは周囲から首を傾げられるような人とばかり恋愛をしてきた。彼らを本気で好きになり、両親のような関係になりたいと願って尽くしてしまう。尽くせば尽くすほど、その男たちは甘えてダメになっていった。順司さんもその一人だ。

順司さんの心はおそらくどこかが壊れてしまっている。誰かを本気で愛することはできないし、人を傷つけたことで自分も傷つくこともないのだろう。里奈さんが身を切るような愛情をどんなに注いだとしても、それは砂に水をやるようなものだ。

砂の上に花は咲かないが、苦しい恋愛は無駄にはならない。里奈さんは今、「恋愛信条」をきちんと言葉にして、自分の心身に刻み込んでいる。

「尊敬と愛情と信頼です。そのうち尊敬と愛情は自分一人で作ることができますが、信頼は二人で力を合わせないと築くことができません。私には恋人との信頼関係が欠けていたのだと思います」

若い恋愛は仕事ぶりや外見などの表面的な要素で「尊敬」や「愛情」を高めがちだ。しかし、経験と年齢を重ねていくと、何よりも「信頼」に重きを置けるようになるのだと思う。里奈さんは次回こそ信頼のできる心優しい男性と付き合える気がする。

※登場人物はすべて仮名です。

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大宮冬洋(おおみやとうよう)

1976年埼玉県所沢市生まれ、東京都東村山市育ち。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に入社するがわずか1年で退社。編集プロダクション勤務を経て、2002年よりフリーライター。

2012年、再婚を機に愛知県蒲郡市に移住。自主企画のフリーペーパー『蒲郡偏愛地図』を年1回発行しつつ、8万人の人口が徐々に減っている黄昏の町での生活を満喫中。月に10日間ほどは門前仲町に滞在し、東京原住民カルチャーを体験しつつ取材活動を行っている。読者との交流飲み会「スナック大宮」を、東京・愛知・大阪などで月2回ペースで開催している。

著書に、『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。』(ぱる出版)、『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せのつかみ方~』(講談社+α新書)などがある。

公式ホームページ
https://omiyatoyo.com

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